スピリチュアルと宗教
私が公言して憚らないものに、「宗教が好き」というのがあります。
はてダでも少し書いてたと思う。引かれるのであまり言いたくはないけど、やはり好きなモンは好きということで。
さて、宗教好き、というとよく聞かれるのが、「どこの宗派ですか」「うちの宗教興味ありませんか」。
強いて言うなら、仏教と神道なんじゃないかな。というか、日本人なら大体そうだと思うんですが。
家に仏壇があって神棚があって、お盆には墓参り行って正月には門松立てて、神棚にお供えして……等々。
というわけで、強いて言うなら仏教と神道でしょうか。何処派かとか知らんのですが。というか、聞いてもすぐ忘れる。
私が宗教が好きなのは、文化に強く根付いているものだから、という1点のみです。よって、宗教に興味はあっても入信はしません。
入信しない理由は、「神」の無慈悲さ。そして、秘密主義。
どうして信じないと救われないのか。どうして入信しないと教えてもらえないのか。
愛さなければ愛さないなんて、それは愛ですらない。一部の人間にしか見せられない奇跡や秘跡なんてまがい物でしかない。
というわけで入信しません。
さて、スピリチュアルですが、どうもうさんくさい。
胡散臭さの原因は、運命論。
運命論というのも色々ありますが、要するに「超越者*1が運命を司っており、現在こういう状態になっているのはそれらが原因である」というものですね。
ええ、私は運命論が大嫌いなんです。
嫌いだから胡散臭いというのではなく、胡散臭いから嫌いなんです。乱暴ですね。
まず、前世を信じません。
あっても良いですが、それが現在の自分に影響を与えているなんてぞっとしません。
自分の好みを、知りもしない*2誰かに左右されていると思うと、非常に不愉快。
例え美輪さんがそうだといっても、ノーセンキューです。
だって、今のあなたは前世の何かが形作った物なんですよ、なんて、自分全否定じゃないですか。
何処にも「自分」が無いじゃないですか。
霊や超越者だって同じです。
宗教も、上手くそこを否定してくれるので、ダメなんです。
神のご意志、運命、糞喰らえです。
でも、それを規範に生活するのは全く嫌じゃないです。
基本的に、他人を思い、自分を大切にする考え方なので、上手く実践できればそれは良いことだと思います。上手くなくても、その気持ちが嬉しいと言いますか。
それに、ありのままでよいのだと教えてくれることは、非常に心地良いです。誰だって、否定されたくないです。だから、この文章読んで、自分を否定された、と思う人がいるかもしれない。それはちょっと辛いな。
でも、これが自分の意見なんだよなあ。
結局、宗教もスピリチュアルもほどほどに、ってことなんでしょうなあ。